テーラリングの視点で読みとく、ZOZOの完全カスタムオーダーのキャパシティ。

FASHION

 

7月3日(火)に株式会社スタートトゥデイがプライベートブランド「ZOZO」のフルオーダービジネススーツ、ドレスシャツ、ネクタイの取り扱いを発表、その日のうちに受注をスタートしました。当日の発表動画をYouTubeから視聴できますので、お時間ある方はぜひ。

 

 

今年1月にZOZOSUITの配布がスタートしてから、「ZOZO」のデニムやTシャツがカスタムオーダーできるようになって半年。SNS上では身体にフィットした快適なZOZOのデニムにあちこちから感動の声が上がっていましたね。

今回のフルオーダーのスーツ・シャツ・ネクタイのラインナップの発表を受け、個人的には「ついにきたか!」というのが正直な感想です。来年あたり来るかなと思っていたのですが、ローンチが予想よりも早かったので驚きでした。

スーツのテーラリングを学んでいた知見を活かして、今回の「ZOZO」フルオーダーラインの発表会や資料を元にどれくらいのクオリティのフルオーダーになるのか考察してみます。

 

以前、こんな記事を書いていましたのでご参考までに。

仕立て屋見習いのフィッティング Vol.1「ダキ取り」

2017/02/16

 

「ZOZO」完全カスタムオーダーのビジネススーツは、定価39,900円

 

 

今回の発表では、完全カスタムオーダーのビジネススーツ、ドレスシャツ、ネクタイの受注がスタートするとのことでした。それもビジネススーツが定価39,900円という驚異の価格です。初回に限っては、スーツとドレスシャツ24,800円(通常 44,800円)でセット販売するとのこと。低価格帯の既成スーツの相場が約2〜3万円、低価格パターンオーダーの相場が大体4〜5万円という業界水準からみても、この価格がいかに革新的であるか一目瞭然ですね。

また、スーツとシャツのカスタムオーダーはありふれていますが、(専門店は別として)ネクタイにまで対応するのはメンズファッションの業界的にもめずらしいです。「Be unique. Be equal.」というZOZOのコンセプトにもあるように、それだけ服に悩みを抱えている人たちの課題を解決したいという前澤社長の強い想いが伝わってきます。

 

 

「ZOZO」の完全カスタムオーダーラインの内容は以下のとおりです。細かい内容は既に「ZOZO」のWEBページで見られるので割愛します。

 

ビジネススーツ

 価格 (定価)   39,900円
 生地   ウール
 色柄   無地(ブラック・ダークネイビー・ネイビー)
  ヘリンボーン(ネイビー・ダークネイビー・ライトグレー・チャコールグレー)
 納期   最短1〜2週間

 

ドレスシャツ

 価格 (定価)   4,900円
 タイプ  14種類

 

ネクタイ

 価格 (定価)   2,500円(8月上旬から)
 生地  シルク
 タイプ  16色 × 長さ6種類 × 幅6種類

 

7月3日の発表内容から考える「ZOZO」完全カスタムオーダーのキャパシティ

 

テーラーのフルオーダーと39,900円の「ZOZO」の完全カスタムオーダーを比べるのはちょっと違うだろうという声が飛んできそうですが、本格的なBespokeテーラーの仕事(=フルオーダー)をちゃんと知って欲しいという思いがあり敢えて書こうと思います。

通常のフルオーダーといえば、職人によりけりではありますが 採寸 → 製図 → 仮縫い → 補正(フィッティング)→ 中縫い → 補正 → 本縫い → 最終調整 → 納品という流れが基本です。この工程の中にはアイロンワークや細かな縫製技術など職人が長い時間をかけて鍛錬させた高度な技術が含まれています。オーダー価格はミシンを使用している場合でもミニマムで25万円~が相場です。手縫いともなると1着60万円以上することもあります。

 

補足

ご要望があったので、カスタムオーダーに関する各用語の解説をします。これらの単語は曖昧に使われることが多いのですが、テーラリング界隈では基本的に下記のように解釈されています。海外では、日本のイージーオーダーとパターンオーダーは同じ括りで使われることが多いように感じます。重要なのは、型紙をイチから制作するのか、もしくは既存の型紙を修正するのかの違いです。

 

▼カスタムオーダー

「オーダーメイド」のこと。いわゆるフルオーダーからパターンオーダーまでオーダメイド全般を指します。オーダメイドもカスタムオーダーも和製英語(英: custom made)です。

※同様に「フルオーダー」「イージーオーダー」「パターンオーダー」は和製英語なのでご注意。

 

▼フルオーダー / ビスポーク(英: Bespoke) / サルトリアーレ(伊: Sartoriale)

お客様一人ひとりの体型に合わせた型紙を制作し、仮縫い→補正→中縫い→補正→本縫い→最終調整→ 納品というフェーズを組みます。テーラーが一人で製図から補正・縫製まで一貫する場合もあれば、分業で各プロフェッショナルがそれぞれの工程を担う場合もあります。

 

▼イージーオーダー / メイド・トゥ・メジャー(英: Made to Measure)/ ス・ミズーラ(伊: Su Mizura)

縫製工場等で既に作られた型紙をベースに作られたサンプルゲージ(様々なサイズが用意されたサンプルのジャケット・パンツ)の中からお客様にもっとも近いサイズを着用してもらい、フィッターが採寸と補正を行ないます。限度はありますが、お客様の補正データを元に型紙を修正することで服をお客様の身体にフィットさせていきます。ほとんどの場合、縫製はゲージの型紙をもつ工場で行なわれます。

 

▼パターンオーダー

型紙は全く修正することができません。既製品と同じ型紙を用いて、生地やボタン、裏地等のオプションを選ぶことができます。※日本の企業によってはパターンオーダーをイージーオーダーと同義で使っているところもあります。

 

フルオーダーの行程の中で最も重要であり機械化が難しいとされるのは、個人の体型に合わせた型紙(パターン)を引く「製図」「補正」です。

フルオーダーの「製図」の機械化には大きな課題がありました。機械による製図システムはアパレル業界には既に存在していますが、個人の型紙に対応するには相当なコストがかかります。「ZOZO」はZOZOSUITの配布(7/3時点で 553,179枚)によって膨大な個人の体型データをもっています。これによって体型パターンを細分化し効率的に製図できるのではと予想していますが、すべて機械で完結するほど環境は整っていないと思います。

何か新技術を導入したのか、パタンナーの人力作戦なのか、「ZOZO」がどのようにこの課題をクリアしたのかは定かではありませんが、縮小している注文服の業界でイノベーティブかつここに巨大な資本を投下できる力のある企業は「ZOZO」以外にないのかもしれませんね。

 

「補正」の質はスーツの着心地と見た目に大きく影響します。立体である人体の形を平面の図に落とし込み生地をカットし、さらにその生地を再び立体的に構築していく難しさは並大抵ではありません。ただジャストサイズであれば良いという訳ではなく、服の各パーツの可動域も考慮しなければいけません。

人間の皮膚は筋肉や骨の動きによって伸縮する機能をもっています。服も皮膚と同じように人体の動きを想定して作らなければ、(いくらストレッチ素材の生地を使っていようとも)動くたびにあちこちがツッパってただ疲れるだけの服になってしまいます。「補正」はフィッターの経験や勘に左右されてしまうので、これを機械でどこまで対応できるのかが現状の課題なのです。

 

 

昨日の会見を見た印象では、ほとんどの社員さんがかなりタイトな仕上がりになっていました。それも立ち姿であれほどタイトならば、前傾する、腕を上げる、座るなどの動きではやはりパツパツだと思います。中にはジャケットに不自然なシワが入っている方もいます。

注文のあとは納品のようなので、テーラリングの仮縫い以降の工程は省略されると考えるとフィット感が異なるのは当然ですね。実物を見れていない現段階ではなんともですが、価格的にも体型に沿わせるためのアイロンワークや縫製による着心地の追求はほとんどないものと考えています。

社員の皆さんも標準体型の方であれば、該当箇所にゆとりを持たせればもっと外見も着心地もよくなることでしょう。しかし、難しいのはやはり非標準的な体型の方です。

 

昨日の発表でオーバーサイズの体型の代表例として前澤社長がインタビューしていた社員の方を例に挙げてみましょう。

 

 

この方は胸囲もウエストも特異な体型なのですが、ジャケットのフロントボタンの左右に変なシワが寄っているのがわかります。また、裾回り(ケマワシ)が浮いてしまっていて、ジャケットがペラペラした感じに見えます。これらを解決するには「バスト回りにダーツを入れる」などして服を立体的に構築していく補正工程が必要なのですが、見たところダーツが入っていないのです。他にも色々と気になる点がありますがキリがないので保留にします……

 

 

 

一方で、株式会社スタートトゥデイは中途採用で「パタンナー」「縫製技術長」、アルバイトで「縫製士」を募集しているようです。

「 採用情報 / パタンナー 」/ 株式会社スタートトゥデイ

「 採用情報 / 縫製技術長」/ 株式会社スタートトゥデイ

「 採用情報 / 縫製士 」/ 株式会社スタートトゥデイ

 

各募集内容は以下のとおりです。(抜粋)


パタンナー / 中途採用
業務内容
【一般パタンナー】
プライベートブランド「ZOZO(ゾゾ)」に関するパタンナー業務全般(トアル縫製、パターン仕上げ、縫製仕様書作成、検品・検品報告書作成、工場指示、生産サポート、グレーダーサポート、資材手配など)
※メンズ・レディース・紳士服のいずれかを担当していただきます

【チーフパタンナー】
上記業務に加え、一般パタンナーのマネジメント業務をお任せいたします

応募資格
・布帛のパターン経験が3年以上ある方
・東レクレアコンポⅡを使用できる方

歓迎スキル
・グレーディング作業を日常的に行なっている方

求める人物像
・3Dモデリングシステムや高次機能パターンメーキングに興味がある方
・仮想装着シュミレーションによるパターン補正と工業化に経験を活かしてみたい方


縫製技術長 / 中途採用
業務内容
プライベートブランド「ZOZO(ゾゾ)」の工場縫製スタッフの管理・指導、縫製規格書の作成補佐、生産技能指導及びアドバイス

応募資格
・海外、国内問わず縫製工場で5年以上の勤務経験がある方
・軽衣料~重衣料全般の縫製指導・チーム管理経験がある方
・縫製ライン組ができる方
・テーラー専門ではなく、カジュアル全般も対応できる方
・高級な縫製仕様を提案できる方
・下記設備を使用できる方
(1本針縫いミシン、2本針片面偏平縫いミシン、本針片面偏平縫いミシン、4本針オーバーロックミシン、ルイスミシン、ハトメホールミシン、カンヌキミシン、巻ミシン、チェーンステッチミシンなど)

歓迎スキル
・ビジネスレベルの英語、中国語

求める人物像
・海外出張が可能な方

縫製士 / アルバイト
業務内容
パターンを基にしたシャツ・パンツ・その他衣料全般の仮縫い及び製品サンプル縫製業務
※プライベートブランド「ZOZO(ゾゾ)」のアイテムをご担当いただきます

<裁断~縫製(両身)の作業スピード目安>
①パタンナーチェック用の仮組み シャツ2時間/パンツ1時間30分
②デザイナーフィッティング用の仮縫い シャツ4時間/パンツ3時間30分
③模擬サンプルの縫製 シャツ6時間/パンツ6時間
※基本的には①の業務をお願いいたします

応募資格
・パターンを見てシャツ・パンツ・その他衣料全般の仮縫いができる方
※年齢・学歴不問(学生可)

歓迎スキル
【ブランクのある方大歓迎】
・特殊ミシン経験者、縫製工場経験者、衣料全般の製品サンプルの縫製ができる方

 

これを見る限り、仮縫いは作っているみたいですね。実物に着せられないなら何に着せてフィッティングしているのかは不明ですが、パタンナーの募集内容に「仮想装着シュミレーションによるパターン補正」とあるので、おそらくバーチャルシュミレーターで補正しているのでしょう。ジャケットはアルバイトではなく別の縫製士が縫うのでしょうか、アルバイトの担当はシャツとパンツです。

また「パタンナーチェック用の仮組み」「3Dモデリングシステムや高次機能パターンメーキングに興味がある方」とあるので、製図は半自動とパタンナーの人力だと予測できますね。(これで最短1〜2週間は実現するのでしょうか)

 

参考までに、大きい体型の方のフルオーダースーツを一流の職人が仕立てるとどうなるのか、パリで活躍する日本人テーラー「鈴木健次郎」さんのTweetをご紹介します。

本来なら立体的に身体に生地を沿わせるためには「仮縫い」や「中縫い」をして何度も補正を繰り返す必要があるのです。※Tweetの写真は同じ方のスーツとは限りませんので誤解なさらぬよう

 

採寸・製図・本縫い・納品というオンライン完結型のサービス設計そのものや価格面から、注文者に実物を着せて補正を入れるのは難しい。となると、「ZOZO」は今後どうやってこの課題をクリアしていくのか非常に楽しみです。現時点ではテーラーレベルのフルオーダーではなく、製図はできるが補正は入らないレベルのカスタムオーダーということですね。おそらく、イージーオーダーに近いでしょうか。

しかし、実際にこのような大きなサイズの方がビジネススーツを購入する場合、「SAKAZEN(サカゼン)」のような特大サイズの既成スーツを扱うお店に行くか、テーラーで高価格フルオーダーをする他はありません。中途半端なイージーオーダーだと特大サイズの方はゲージのサイズが対応していないためにオーダーできない場合もあります。

今回の「ZOZO」の完全カスタムオーダースーツは「多くの人が抱えるサイズの課題」をテクノロジー面と価格面からアプローチして解決した商品だといえますが、それでも喜ぶ人はたくさんいるのではないでしょうか。

最後に

アパレル業界はじめ各方面からは様々な声が上がっています。株価も動き、まさに「ZOZOショック」状態。このままでは低価格オーダーや既成スーツがますます売れなくなる、と悲嘆の声も聞こえてきます。しかし、製品やサービスの価値を決めるのは業界人でも誰でもなくユーザーです。いくら「自分たちは良いものを作っている」と声を張っても、ユーザーに価値がないと評価されれば淘汰されるのは当たり前。それは、力の差はあっても同じマーケットで闘っている「ZOZO」にも同じことがいえます。

だからこそ、とにかく変化し続けてチャレンジするしかありません。今回の「ZOZO」がまだまだ不完全とはいえフルオーダー領域の”disruption”に挑んできたことは非常に価値あることだと思います。賛否両論ありますが「ZOZO」は旧態依然となってしまったアパレル業界の異端児であり革命者なのです。どうかこのまま果敢にイノベーションの道を突き進んで欲しいです。

 

アルチザンの軌跡

「Sarut Hiro 廣川 輝雄」

戦後を駈け抜けた、日本の熟練テーラー廣川輝雄の物語(まだ現役)