中里 彩、ジコショウカイ。

 

これまでちゃんと自己紹介したことがありませんでしたが、改めてここに書き留めておこうと思います。

大学卒業後そのまま起業してからファッション・まちづくりの分野でそれぞれ事業をはじめた、等身大の”中里 彩”を知っていただけた幸いです。

では改めまして、まずはプロフィールから・・・

 


 

 

中里 彩(Nakazato Aya)

il Colore 代表。
1992年生まれ。埼玉県飯能市出身。

埼玉・飯能のローカルWebメディア「hanoum」編集長。

人々のモノ・コトの価値をリデザインさせるべく、ファッション・まちづくりのプロジェクトに携わる社会課題解決型パラレルワーカー。

 

Twitter:  @_ilcolore(Fashion)/   @_ilcolore2(Other)

Facebook:  https://facebook.com/aya.nakazato.54

Instagram:  il.colore

VALU: https://valu.is/ayanakazato

 


 

私、中里 彩は2016年の春に駒澤大学文学部歴史学科考古学専攻を卒業しました。

専門は「エジプト考古学」で、卒業論文は『古代エジプトにおける化粧の意義について-壁画を中心とした図像表現から読み解くアイメイクの象徴性-』という論題。これは2.5万字におよぶ超大作でした。(先行研究が少ないマニアックな内容です)

現在はメンズファッションとまちづくりに関わるお仕事をしています。基本的には、WEB領域がメインです。

自己紹介をするといつも決まって「どうしてエジプト考古学を勉強してたのに、男性の服に興味をもったの??」と関心と疑問のお声を投げかけられることが多いので、わたくしの異色?なキャリア(というと大げさですが)についてお話したいと思います。

このようなパブリックなところでお話をするのは初めてかもしれません。

やや長いので、ご興味がある方に読んでいただけたらうれしく思います。

 

 【 コンテンツ目次 】
 ・あきらめざるをえなかった、エジプト考古学者の道
 ・思いがけず惚れこんだ、オトコのスーツ
 ・愛するふるさと”飯能”の新しい価値をみいだしたい

 

 

あきらめざるをえなかった、エジプト考古学者の道

 

 

キッカケが何だったのかはよく覚えていませんが、小学校の高学年頃から少女・中里は ”エジプト考古学者” に強く憧れていました。当時は図書館の古代エジプトに関する本を読みあさったり、WEBで古代エジプトの「神話」や「ピラミッド 」を検索してはノートに書きとめたりと、興味をもつとトコトン突っこんでしまう個性的な女の子でした。『ミイラの作り方』という図説のような小冊子をつくって市の社会科展に出したこともあります(苦笑) エジプトが自分を呼んでいる気がしてならなかったほど、どういうことか異国の砂漠に眠る歴史ミステリーに惹かれてしまったのです。

 

高校生になっても考古学者への想いはやまず、日本を代表するエジプト考古学者 吉村作治氏が率いる早稲田大学エジプト学研究所の調査チームに入るために受験浪人までした。しかし、残念ながら早稲田大学にご縁はなく・・・。最終的に、カイロ大学と交換留学の提携をしていた駒澤大学に入学することになります。しかし、ここでまさかの事件が起こるのです。なんと、2011年に発生したエジプト革命の影響で、入学早々に駒澤大学とカイロ大学の交換留学が停止に・・・。「カイロ大学に行くためにこの大学を選んだのに・・・ 」と流石にあまりにショックで天を仰ぎました。革命の時期がもう少し遅ければ、カイロ大学で英語とアラビア語と考古学ザンマイの日々を送っていたかもしれません。(イメージとしては小池都知事のような感じでしょうか?)

 

他大生でありながら、早稲田のエジプト学研究所に通っていたこともありました。当時の研究所ではしっかり下積みをして即戦力と認められると、3回生から現地の調査に同行させてもらえたのです。しかし、テロ事件や誘拐事件などが頻発し、エジプトの治安は落ち着くどころかますます悪くなっていくばかり。案の定、この事実をテレビで目の当たりにした家族が黙っている訳がありません。大学院に進学した友人もいましたが、私にとってはやはり現地の発掘調査に参加できなければ意味がなかったのです。とはいえ、実際のところ調査員として全く現地に行けない訳ではありませんでした。けれども「果たして考古学は命の危険をおかしてまでやりたいことなのか」という天秤は、自分の命のほうが重たかったのです。家族に説得されたことで気づいたのは、「やはり人間、自分だけの命ではない」ということ。最後まで理想と現実のジレンマを埋めることができず、長く憧れてきたエジプト考古学者の道を諦めました。もちろん、自分にとっては最善の判断でしたので、後悔はありません。

 

 

思いがけず惚れこんだ、オトコのスーツ

 

 

メンズファッションの世界に入ったキッカケは、大学入学後に何気なく始めたアルバイトでした。ちょっと意外かもしれませんが、大手紳士服量販店「スーツ〇〇〇〇」の販売スタッフをしていたのです。これが見事に面白くて、オトコの服にどハマり。多いときは週3~4日の勤務で社員並みに売りまくっていたときもあったほどです。このときの愛読書は、メンズファッション誌『Men’s Ex』。ミドルエイジの男性向けのかなりマニアックなファッション雑誌です。ページのあちこちに書き込みをしては「これは何のことですか?!」と上司を質問攻めにするマニアックぶりをここでも発揮していました(笑)このときは知識をつければつけるだけ売れました。「もっと売るためにはどうしたらいいか」という野心を燃やし、密かに他店舗や他社の商品・ディスプレイを観察したり、1人で市場調査に出かけたりもしていました。20~21歳のときです。

 

しばらくして、既成のスーツがお客様の体型に合わずにお帰りいただくことが自分の中で腑に落ちなくなりました。吊るしのスーツに限界を感じてしまったのです。それならばと、心機一転してオーダーメイドスーツ(イージーオーダー)のお店の門を叩きました。ほとんど新郎のタキシードやフロックコートがメインのお店でしたが、生地や素材・フォーマルのドレスコード・フィッティングのピン打ちなど、多くを学びました。経営に興味が湧いたのもこの頃。頭の中は次第にビジネス思考にチェンジし、あらゆるビジネス書籍・経済誌を読むようになりました。「若いときから一流のものを見て・聴いて・味わい学びなさい」と祖母に言われて育ったので、背伸びをしてお金がかかる課外活動にいそしむように・・・。(結果これがよかったのかも)

 

 

オーダースーツもこのあたりで満足かと思いきや、今度はさらにスーツの構造を知りたくなります。ゲージ(サイズを確認するためのサンプルのスーツ等)を着たときに、どうしてここにシワが入るのかの原因が分からないことが悔しかったのです。「Bespoke(フルオーダー)を勉強したい!」という想いは次第に強くなっていきました。熱量を持って行動していると、突然目の前に次の扉が現れるのが人生というもの。現在のテーラリング(スーツの仕立て技術)の師匠とご縁がつながったのです。師匠を紹介してくれたのは、偶然にも大学で一緒にエジプト考古を研究していたゼミ仲間でした。人と人の出会いは不思議なものですね。そのうちにテーラーやシューメーカーをはじめとするものづくりの職人やアパレル企業のトップの方々、第一線で活躍するパタンナーやスタイリストの方々など、様々な業界人とご縁がつながり、今の私があります。大学卒業後、1度もリクルートスーツを着ることなくすぐに起業したのも周りの大人の後押しのおかげでした。本当に心から感謝しています。

 

 

現在は個人のWEBメディアでメンズファッションについてあれこれ発信しながらコラムを書いたり、トークイベントでお話したり、若手の仲間と一緒にプロジェクトを進めたり、WEBサイトの制作・運営を任せていただくなどしています。2018年にはレディースのオーダースーツブランドの立ち上げることを目標に事業準備をしています。(ブランドとしての本格始動は、2019年〜2020年の予定)

 

 

愛するふるさと”飯能”の新しい価値をみいだしたい

 

 

私が生まれ育ったのは、奥武蔵の自然豊かなまち・埼玉県飯能市です。「飯能ってどこ?」と思われるかもしれませんが、おそらく皆さんも駅の電光掲示板で「飯能行き」の文字をよく目にしているハズ。西武池袋線「飯能駅」は、みなとみらい線・東急東横線・東京メトロ副都心線直通、東京メトロ有楽町線直通の終着点です。どうです?おもいだしましたか?(ドヤ顔してます)10代の頃は、ど田舎のダッサい飯能がイヤでイヤで仕方がありませんでした。それがいつしか見方が変わり、ふるさとに深い愛着を感じるようになりました。「東京に出て飯能を外から多角的に見れたこと」と「自分のルーツを知ったこと」が大きな理由でした。

 

 

まちづくりのイベントや勉強会などに参加すると「若いのにどうしてまちづくりの事業なんてやりたいの?」と聞かれることがあります。ファッション業界のほうが華やかだし、儲かるでしょと。この歳で、しかも女の子で本気で地域貢献型の事業を起こそうというのもなかなか珍しいようです。なぜかというと、ひとことで言えば「好きだから」です。生まれ育った飯能が好きだから。小さいころから温かく見守り育ててくれた飯能の人びとが好きだから。「好きだから」というの動機は、ミレニアル世代と呼ばれる私たち世代の特徴かもしれませんね。

 

 

2017年9月、埼玉 飯能のローカルWEBメディア「hanoum」がプレオープンしました。「飯能に”人と人のつながり”を生む」をコンセプトに、飯能の「人」にフォーカスしたコンテンツをお届けしています。11月には、コワーキングスペース「conowa」をオープン予定です。どうしたらまちの人々を多く巻き込み、まちにお金が循環するのか、まちの価値を上げられるのか。オンラインとオフラインを掛け合わせたまちの課題解決に挑んでいきます。ぜひご期待ください。

 

 

 

最後までお読みくださりありがとうございました。

これを機に、中里彩がどういう人物なのか少しでも興味をもっていただけましたら幸いです。
実際にこの自己紹介をお読みくださった個人・企業の方々からいくつかお仕事をいただいております。とても有り難いことですね。この場を借りて、心から感謝申し上げます。

 

お仕事のご依頼などありましたら、下記のメールアドレスまでお気軽にご連絡ください。

Mail:  ilcolore.aya@gmail.com

 

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

中里 彩