会いたくなったとき、もう貴方はいない。〜茂木信三郎さん・柴田良三さんへの哀悼〜

 

12月に入り、早いもので2017年もあと1ヶ月で幕引きになります。

ちょっと立ち止まって後ろをふり返ってみると、今年も私には素敵な人や場所とのかけがえのない出会いが沢山あったことを思い出します。

会者定離。出会えば別れもやってくる。何事も始まれば終わるのが世の常です。その中でも「永遠の別れ」に直面すると、否が応でも人は立ち止まり、自分の日々の行いや言動を思い返してみるものです。

2017年は、私にとって大きな別れが2つありました。どちらも短い間でしたがとてもお世話になった大御所の方々。ありがたいことに、こんな私を可愛がってくださったのでした。

 

 

JAPANESE DANDY Monochrome』(万来舎刊)より

 

お一人は、MANNS WINES (マンズワイン) 社長 茂木信三郎さん。元キッコーマン執行役員でもいらっしゃいました。享年70歳、急性骨髄性白血病でした。

佇まいや所作に品があり、時々口になさる機知に飛んだユーモアが面白おかしくも、彼の人柄の奥深さを想わせるとても素敵な紳士でした。「本もんのいい女になったね。きみは必ず成功するよ、まちがいない」とよくおっしゃってくださったのが冗談でもうれしかった。

長野・小諸にあるMANNS WINESのワイナリーに2回ほどお邪魔したときには、自ら率先してワイナリーをご案内くださり、地下の秘密のVIPルームで存分にワインを楽しませていただきました。いつも右手に持ったワイングラスを(酸化させるために)クルクル回していた姿が目に焼き付いて離れません。

 

小諸のMANNS WINESの地下ワインセラーにて茂木さんと

 

実はご病気が分かってから一時退院なさるまでの闘病生活中、ずっと私にLINEを送り続けてくださいました。看護師さんにジョークが通じなくて怒らせてしまった話や骨髄移植で血液型が変わったら性格も変わるかもしれない云々のお話など、8割型ジョークが飛び交う病状報告。そして、退院なさったときは「ささえてくれてありがと!」と元気いっぱいのメッセージ。まさかその2ヶ月後に亡くなるとは考えもしなかった。もう二度とお会いできない。どうして会いに行かなかったのかと、後悔が止みません。LINEに残るメッセージのやり取りを見ると胸が痛い。もうこのメッセージの送り主はこの世にいないと思うと、自分の不甲斐のなさを胸に抱えながら感情をぶつける矛先も見つからずただ闇の中に立ちすくむような、まさにそんな心境になります。

 

 

JAPANESE DANDY Monochrome』(万来舎刊)より

 

もうお一方は、アルファ・キュービック創業者 柴田良三さん。 享年74歳。「柴田良三」のお名前は日本のファッション史に間違いなく刻まれることになるでしょう。ファッションブランドのライセンスビジネスなど多くのビジネスモデルを日本に初めて導入し、日本のファッション界の先陣を切って来た方でした。「SAINT LAURENT」の服に感動した彼は、イヴ・サン=ローラン本人に直接会いに行き交渉を重ね、日本で初めて契約を締結。青山・外苑前に「サン=ローラン リヴ・ゴーシュ(YvesSaintLaurent rivegauche)」の路面店をオープンし成功させたことは業界では有名なお話です。

 

 

間違いなく、ひとつの時代が終わった──柴田良三とアルファ・キュービックの時代 / GQ JAPAN 

 

実は長いことご病気と闘っていらして、何度も生死を彷徨いながらも奇跡の復活を遂げてきた方でした。お元気なときには、ご自宅にお邪魔して談笑したことも。しばらくお会いしないうちに、また入院なさったと連絡が入りました。お見舞いに行かなきゃと思いつつも、まだ大丈夫だろうと先延ばしにしてしまった自分が心から情けない。そのまま還らぬ人となってしまわれた。

 

「君はまだ若いのに、本当に面白い子だね」そう言いながら、伝説と云われる飯倉片町のイタリアン「chanti」を始め、当時圧倒的な人気を誇ったフランスのファッションブランド「renoma paris」をアルファ・キュービックが日本で展開した際の逸話など、古き良き時代のお話を嫌がることなくいつでも聞かせてくれる優しい方でした。私が当時のまま再現された「renoma paris」のメンズ仕立てのレディースジャケットを着てお見せしたときは、本当に本当に喜んでくださった。でも、もう今は何をお聞きすることも叶わないのです。

 

 

柴田さんが喜んでくださった「renoma paris」のジャケット

私の母は、私が4歳のときに突然亡くなりました。享年23歳、急性くも膜下出血でした。あまりに早すぎた永遠の別れ。私は母がいなくなった実感を得られないまま、”母は存在しないのが当たり前”という環境で育ちました。この21年間、祖母が母親代わりで大切に育ててくれたのです。

人はいつ会えなくなるかわからない。年齢なんて関係なく一瞬でいなくなってしまうのだと母の死をもってよく分かっていたはずなのに、それでもいざ行動には移せない。なんて愚かなのでしょう。何事も後悔しないように。そう考えて人生の選択を決めてきたつもりです。それでも人は、誰かの”最期”を前にすると必ず後悔してしまう。

人が自分の命の最期を目前にして人生をふり返った時、やって後悔したことよりもやらなくて後悔したことの方が圧倒的に多いのだとか。それなら今、そしてこれから何をするべきなのかは明白ですよね。

 

 

あなたには、会いたい人がいますか?家族や恋人、友だち、お世話になった人びと。どうか会えるときに会っておくことを忘れずに。「会いたい」「最近会ってないな」と少しでも頭を過ぎったのなら、すぐに会いに行った方がいい。不思議と直感って当たるものです。そして、時と場所を同じくする相手との今この瞬間を大切にしてくださいね。それは何より自分のために。

 

最期に、茂木さんと柴田さん、お二人のご冥福をお祈りいたします。